いきなりすごいタイトルですが、本のタイトルなので(笑) 友人が日記に書いていて、「これはわたしのこと?!」というくだりがあって、速攻取り寄せて読んだ本。社会学者で東大教授の上野千鶴子さんと臨床心理士の信田さよ子さんの対談本です。
講談社 (2004/05/27)
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タイトル重めですが、女性2人の対談集で語り口がずばずばしてるのでとても読みやすい。2人が「そうそう、そうよねえ」と同調しているだけでなく、価値観が違うところの掛け合いや、専門が違うがゆえに片方の疑問に片方が答えていく、というかたちになっていて、ぐいぐい引き込まれます。特に30代の女性にクローズアップしているほか、家族や社会についても語っている。30代に注目しているのは別に流行りだからとかではなく、統計的にこの世代がいろいろな意味で分岐点となっているそうで、この世代は「ほかの世代にはない苦しみ」を背負っているという。ここに描かれる30代女性像については、バブル後世代のわたしからみると当てはまる部分もあり、これは自分よりもう少し上の世代の話だな、と思う部分あり、という感じですが。
この世代の娘を持つ母親は、自分は仕事もしていないのに、娘には「仕事、仕事」と言う。個人としての経済力がなかったことに対する後悔があるからだ。娘を自分の人生の第二走者として走らせようとするが、経験していないので明確な将来像がそこにはない。自分になかったものを持ってほしいと思っているだけだ。しかし、もう一方で自分の人生を否定されることは許せないため、「やっぱり結婚・出産してこそ女」というメッセージも発する。アンビバレンスな期待を寄せられる娘は股裂き状態になってしまう。(対談文中よりkush要約)
ここのところ、うなずき過ぎてむちうちになりそう。わたしの場合は、前者(仕事)に対する期待はさほど強くないのだが(というか、女が男並みに働く、ということに対してイメージを持てていない)、後者への期待が重い。仕事をするわたしを認めているようなフリをしながら、結婚しなければ云々とやられるので、不意打ちをくらうこっちとしてはたまらない。「親が(現在の=仕事を頑張っている)自分を認めてくれた」と思っていると、「(現在の=結婚をしてない)自分を認めない」と否定が入ってしまうのだから。
渡辺千賀さんが『きみはペット』を例にして、「しかし、残念ながら心の底まで謙虚で従順だったら、バリバリ仕事するような挑戦的人生を選ばないんじゃないかなぁ。either orってやつです。」というような割り切りが普段はできているんだけど、実の親に思いっきり否定されるというのは、きつい、きついのです。。。
よくよく考えてみれば、わたしは周囲の「結婚したーい」という女性に比べると、結婚願望は“薄い”方だが、結婚絶対否定派ではない。特に周囲に既婚者が増えるに従って、その成長や変化をもって「なるほど、そういう良さがあるのか」と納得する部分もある。ではなぜ、わたしが親から「結婚」と言われると拒否反応を示してしまうのかと考えると次の2点からきていると気づいた。
1) 逃げ出してきたはずの場所に連れ戻されてしまう
わたしは自我が芽生えてきた頃から、家を出たい出たいと思っていて、進学の理由は「合理的に(親ともめずに、かつ経済的困難や将来の不利益なく)家を出られる」からだった。いま思うに親との相容れなさは、そのまた親の口利きで就職・見合いして結婚した母親と、家業を継いだ父親との「価値観の相違」に集約される。異なる価値観を持っているのは本来別の人間だから当たり前なのだが、彼らにとってはわたしが彼らと異なる価値観を持つことは、彼らに対する否定に他ならなかった。よって「彼らと異なる価値観をもつわたし」の存在は、彼らにとっては認めがたいものだったのだ。わたしにとって家庭とは、ものごころついたときから逃げ出したいと思っていた檻なのだ。ましてや、自分の親が勧める見合いならなおさらだ。
2) 子に対しての絶対権力者となることへの恐怖
これについては、本書でも上野さんが子どもを産まなかった一つの原因として挙げていますが、わたしの感覚もかなりこれに近い。やはり、親にスポイルされた経験からくるものだろう。
上野 母親になるともっと絶大なセンス・オブ・パワーが味わえますよ。男どころじゃないですよ。わたしは、この権力関係がほんとにイヤだったんですよね。女と男の権力関係もイヤだったけど、もっと絶対的な権力関係は親子関係ですからね。(中略)
信田 それ、いくつでわかっていたの?
上野 わりと早い時期です。自分の親子関係を考えると、あの関係を自分以外の他者と、今度は自分が強者の立場で反復することに対する恐怖。この恐怖心からは逃れられないですね。
この本を紹介してくれた友人は「そんでもって、その権力を最大限行使してしまうであろう自分を今から嫌っている。」と言った。その気持ちもすごくよくわかる。母への嫌悪は、そのまま「母になるかもしれない自分への嫌悪」につながる。同じタイプの母になると決まったわけでもないのに。
上記1、2のいずれも、周囲の友人たちをみるにつけ、呪縛は徐々に薄れつつある。人間的に素敵な人たちに囲まれて、今は本当に幸せである。いい歳をして「親に認めてもらいたい」というAC的な願望も、普段は忘れていられるが、向こうからわざわざ否定しにやってこられると、まだまだイライラしてしまう。「結婚は相手ありき。そこから築いていくもの」とわかってきてはいるんだけどね。
この本は、いろいろな部分でいろいろ鋭くて、たとえばシングルマザーへの風当たりのくだりもすごく納得。
シングルマザーに対する社会的保障は、個人的としての男は免責される代わりに集団としての男(と女)が所得再分配によって負担を背負うことになる。これに対して拒絶反応が起こる根底には家父長制がある。自分に属さない子ども=自分の権力が行使できない子どもに対して、負担だけはする、ということを彼らは受け入れられない(kush要約)
と社会学者である上野さんが解説すると、信田さんは「男って、脆弱だねえ」とばっさり(笑) 主に家族という近しい人間関係とそれを取り巻く社会における、さまざまなパワーゲームの構造と、その根底にある人間の弱さについて、もつれた糸を解きほぐしてくれる1冊です。




母とは、遠くにありて思うもの、でございましょうか。父もそうですね。
聞きたくないことを言われるときは、私は、心の中に飼っている犬(ビーグル)の耳がぱたりと閉じる、というイメージで、精神的反応をシャットアウトすることにしています。まぁ100%シャットアウトするのは無理ですけど・・・:-)
Posted by: chika | July 11, 2006 at 02:23 AM
コメントありがとうございます。
ほんと、物理的距離をおくのが一番です。
なにより、やさしくない自分が嫌になってしまう。
ビーグル犬の耳ぱたん、のイメージいいですね。
わたしもなにかイメージをつくることにします:-)
Posted by: kush | July 11, 2006 at 12:31 PM